大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)964号 判決

控訴人・附帯被控訴人 被告 今村嘉一 外一名

訴訟代理人 杉山賢三 外一名

被控訴人・附帯控訴人 原告 岩田実

訴訟代理人 平泉小太郎

主文

一、原判決中主文第二項のうち、控訴人等に各自金八万八千円の支払を命じた部分並びに主文第三項を取り消す。

二、被控訴人の右金八万八千円の支払を求める請求を棄却する。

三、控訴人等のその余の控訴を棄却する。

四、訴訟費用(附帯控訴費用を含め)は第一、二審を通じてこれを六分し、その一を被控訴人、その一を控訴人坂本仲三、その余を控訴人今村嘉一の各負担とする。

五、原判決中主文第五項を左のとおり変更する。

控訴人今村において金五十万円の担保を供するときは、原判決主文第一項の建物明渡の点について、控訴人等においてそれぞれ金七十万円の担保を供するときは、原判決主文第二項(主文第一項で取り消した部分を除く)の金員請求の点について、各その仮執行を免れることができる。

六、その余の附帯控訴を棄却する。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴として、原判決が仮執行並びにその免脱のために定めた担保の額の変更を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、本件建物の階下のうち、控訴人今村が現在居住の用に供している二坪二合五勺の部分は、がんらい店舗であつたのを、同控訴人が改造したものである。

二、控訴人坂本の後記主張事実のうち、連帯保証契約が合意解約されたとの点は否認する。

三、仮執行の宣言及び仮執行免脱の宣言は、敗訴者の上訴の利益と勝訴者の早く満足を受けようとする要求との調和を図るためのものであるところ、原判決は、仮執行の宣言をなすに当り、建物明渡の点については控訴人今村のために金十万円、賃料並びに損害金の点については控訴人等各自のために金五万円宛の担保を供すべきことを命ずるとともに、控訴人等はそれぞれ被控訴人に命じたと同額の担保を供して右仮執行を免れることができる旨を宣言した。しかし、建物明渡の点はともかく、少くとも金銭債務に関する部分については右担保額は甚だしく低額である。よつて、被控訴人は、原判決が命じた担保額の変更特に仮執行免脱のための担保額の増額を求めるため本件附帯控訴に及ぶ。

控訴人等代理人は、被控訴人主張の上記一の事実は否認すると述べた。

控訴人坂本代理人は次のとおり述べた。

昭和二十九年五月十日被控訴人の代理人である母岩田やすは控訴人今村とともに控訴人坂本方にきて、控訴人今村の延滞賃料が二十数万円となつているので善処されたい旨申し入れたので、控訴人坂本はそのとき初めて控訴人今村の右延滞の事実を知り、種々協議の結果、被控訴人は右延滞賃料を金十四万二千円に減額し、控訴人等は内金三万円をただちに支払い、残金十一万二千円は同年七月末日までに支払うこと、家賃は一ケ月金九千円に減額する旨の約定が成立した。その際、控訴人坂本はかような多額の家賃を延滞した控訴人今村のために連帯保証を続けることに不安を感じたので、やすに対しこの際保証をやめたい旨を申し入れ、同人もこれを諒承しその旨の書画(乙第十八号証)を作成した。従つてこれにより控訴人坂本の本件連帯保証契約は、昭和二十九年五月十日以後将来に向つて合意解約されたから、同日までの延滞賃料金十一万二千円については控訴人坂本に支払義務があるけれども、その余の分については責任はない。

当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は、当審証人岩田きぬ子の証言を援用し、乙第十七号証の成立は不知、同第十八号は岩田ヤス名下の拇印のみ成立を認め、その余の部分の成立は不知、同第十九号証は成立を認めると述べた。

控訴人等代理人は、乙第十七ないし第十九号証を提出(但し同第十八号証は控訴人坂本代理人のみ提出)し、当審証人吉井吉男、磯見満、福田(旧姓今村)和子、今村ヒサの各証言並びに当審での控訴人両名の各本人尋問の結果及び検証の結果を援用し、なお控訴人坂本代理人は原審で提出された甲第四号証は成立を認めて利益に援用すると述べた。

理由

一、被控訴人が昭和二十七年七月一日(その以前のことは後段で判断する)その所有の原判決主文第一項記載の建物部分(以下本件建物という)を、控訴人今村に賃料一ケ月金一万八千円、毎月末日払の約定で賃貸し、控訴人坂本が控訴人今村の右賃貸借契約から生ずる債務について連帯保証をなしたことは、当事者間に争がない。

二、被控訴人は、「昭和二十七年七月分から昭和二十九年四月分までの賃料の合計額は金三十九万六千円であるところ、控訴人等は内金九万円を支払つたのみで残金三十万六千円の支払をしなかつたが、被控訴人の母岩田やすは被控訴人を代理して控訴人等と交渉した結果、同年五月八日前記延滞賃料の内金十万六千円を免除し、残金二十万円を同年十一月三十日までに控訴人等が連帯して支払うこととし、且つ賃料は同年五月分以降一ケ月金九千円に減額する旨の合意が成立した」旨主張し、控訴人等はこれを否認するので判断する。原審証人石井マツの証言及び当審での控訴本人の尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第十八号証(但し同号証のうち岩田やす名下の拇印の成立は当事者間に争がない)、当審での控訴本人坂本の尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四号証、原審(第一、二回)及び当審証人キヌこと岩田きぬ子、今村ヒサ、原審証人岩田やす、石井マツの各証言並びに原審及び当審での控訴人両名、原審での被控訴人の各本人尋問の結果(但し右各証人の証言及び原審並びに当審での控訴人今村、被控訴人、原審での控訴人坂本の各本人の供述中いずれも後記信用しない部分を除く)を綜合するよ、次の事実を認めることができる。

控訴人今村は被控訴人に対する約定賃料の支払をしなかつたので、訴外石井マツの仲介により被控訴人の母である岩田やすは被控訴人を代理して控訴人両名とその支払方法について折渉した結果、昭和二十九年五月十日右やすと控訴人等との間に、すでに弁済期の到来した同年四月分までの約定による賃料の延滞分が金二十七万四千円あつたので、これを相互に承認の上、被控訴人はこれを金十四万二千円に減額してその余を免除し、控訴人今村は内金三万円を契約と同時に支払うこととし、残金十一万二千円は同年七月三十一日までに支払い、且つ同年五月分以降の賃料は一ケ月金九千円に減額する旨の示談契約が成立し、控訴人今村はその頃右金三万円を被控訴人に支払つた。その後同年八月一日頃控訴人等の求めによつて、右やすは被控訴人を代理して右金十一万二千円の支払を更に同年十一月三十日まで猶予することを承諾し、控訴人等は右支払を誓約する趣旨の書面(甲第四号証)を右やすに差し入れたものである。

原審及び当審証人キヌこと岩田きぬ子、今村ヒサ、原審証人石井マツ、岩田やすの各証言、原審及び当審での控訴本人今村、被控訴本人並びに原審での控訴本人坂本の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照してたやすく信用できない。他に、右認定を動かし、控訴人今村の延滞賃料の額及びその支払を約した金額が被控訴人主張のような金額であることを認めるにたる証拠はない。また、控訴人等は右賃料の減額は昭和二十八年四月十六日に遡つて行われる約定であつた旨主張し、且つ甲第四号証はその日附である昭和二十九年八月一日頃、やすが同じ文言の下書を持参して控訴人等に対しこのように書いてくれと強要したので、控訴人今村の所持する家賃領収書類(乙第一号証の一、二、第二、第三号証等)を取り寄せて計算しようとしたが、控訴人坂本が後日右書類により正確に計算できるし、このような文書は闇金額の記事にすぎないからいわれるままに差し入れても害はないといつて、内容を知らないまま署名捺印したものである旨主張するけれども、この点に関する原審及び当審証人今村ヒサの証言並びに原審及び当審での控訴本人今村の供述は前掲各証拠に照してたやすく信用できないし、他に控訴人等の右主張事実を認めるにたる証拠はない。

三、被控訴人が昭和三十二年一月八日控訴人今村に対し、昭和二十九年四月分までの延滞賃料十一万二千円及び昭和三十一年四月一日から同年十二月末日までの一ケ月金九千円の割合による延滞賃料があるものとしてて、これを昭和三十二年一月十四日までに支払うべく、右期日までにその支払がなされないときは、賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件附契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

控訴人等は、「本件建物は昭和二十五年七月十一日より前に建築されたもので、店舗の部分は階下の五坪五合、その余は居住の用に供する部分で地代家賃統制令の適用される併用住宅であるから、前記約定賃料は右統制額を超えているところ、控訴人今村は昭和二十七年七月分から昭和二十八年二月分までは毎月その月分の賃料として約定賃料額である一万八千円宛を、昭和二十九年五月分から昭和三十一年四月分までは毎月その月分として約定賃料額である九千円宛を、それぞれ支払つたけれども、昭和二十八年三月一日から昭和二十九年四月末日までの賃料及び昭和三十一年五月一日から同年十二月末日までの賃料については、その月分として定めず合計金三十六万六千二百円を随時前払した。そして、右期間中の地代家賃統制令による適正賃料額の合計は金一万九千七百八十円であるところ、右前払分は右期間中の適正賃料の支払に充当さるべきであるから、控訴人今村には賃料の延滞はなく、従つて被控訴人のなした契約解除の意思表示はその効力を生じない」旨主張するので、判断する。本件建物が昭和二十五年七月十一日より前に建築されたものであることは被控訴人も認めているところである。いずれも成立に争のない甲第二、第三号証、第七号証、原審及び当審証人キヌ子こと岩田きぬ子、原審証人岩田やすの各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果、原審及び当審での各検証の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。本件建物は、国電横須賀線の鎌倉駅から鶴ケ岡八幡宮に通ずる若宮大路と並行して、その西側に走る小町通りを同駅から約百メートル進んだ右側に右小町通りに面して建てられ、附近一帯は買物客等の往来が比較的に多い商店街をなしている。被控訴人は本件建物を控訴人に賃貸するまでは、階下全部(八坪七合五勺でその大部分がコンクリート土間となつていた)を訴外小川某に対しパチンコ営業のための店舗として賃貸し、二階の部分(公簿上五坪、実測七坪五合で、六畳二間と押入、床の間等から成つていた)は被控訴人が弟とともに自分で寝泊りに使用し、右小川は他の住所から通つてきてパチンコ営業を営み階下部分全部を店舗として使用してきたところ、昭和二十七年六月三十日限りこれを被控訴人に明け渡すこととなつた。当時控訴人今村は衣類、骨とう品等の古物商を営む店舗を探していたが、本件建物の階下部分が空くのを聞いて、被控訴人に賃借方を申入れた。そこで、被控訴人は当初右階下部分の内一坪を残しその余の階下部分七坪七合五勺のみを賃料一ケ月金一万八千円、毎月末日払、期間は昭和二十七年七月一日から五ケ年と定め、控訴人今村の右営業用の店舗に供する目的で、これを賃貸することを承諾し、その旨の契約が被控訴人を代理する母岩田やすと控訴人今村との間に締結された。控訴人今村は従前の住所(賃借家屋)から本件建物へ通つてきて右営業をする予定でいたところ、通勤の労を省くため右予定を変更して本件建物の階上部分をも賃借し、ここに家族とともに転居してきて、階上部分は自己及び家族の居住用に供するとともに営業用の商品置場にも使用したいと考え、その旨を被控訴人に申出たので、被控訴人も右申出を容れ、昭和二十七年三月二十六日被控訴人は控訴人今村に対して本件建物の階上部分をも賃貸することとしたが、賃料は階下部分についてさきに約定した金一万八千円のままで特に増額することなく、ただ、控訴人今村は被控訴人兄弟の宿泊場所として本件建物の裏側に隣接するやす居住の家屋に中二階を増築してやることとし、その費用を約五万円と予測して右金員を控訴人今村が被控訴人に支払うべき権利金二十万円より控除することを約し、同日その旨の仮契約書と題する契約書(甲第二号証)を作成して被控訴人に差入れた。その後小川は本件建物の階下部分を被控訴人に明け渡したので、被控訴人はそのうちの一坪を保留して残余の七坪七合五勺の階下部分と階上部分全部を控訴人今村に引渡し、同年九月八日さきになした契約を確認する趣旨で、公正証書(甲第三号証)が作成された。控訴人今村はその後本件建物に後記認定のような造作その他の改造を加え、同年十一月頃家族とともにここに転居し、以来本件建物の階下部分は自己の営業上の商品陳列場、帳場など店舗として使用し、階上部分は家族の居住の用に供するとともに、右商品の置場としても使用を初めたものである。原審及び当審証人今村ヒサ、今村こと福田和子、当審証人吉井吉男の各証言並びに原審及び当審での控訴本人今村嘉一の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照してたやすく信用できない。他に右認定を動かしうる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件建物の階下部分は全部控訴人今村の営業用の店舗として賃貸され、そのように使用されてきたものであることが明らかであつて、その坪数が七坪を超えるものであるから、遅くとも昭和三一年六月一九日建設省令第二四号の施行された同年七月一日以降においては、本件建物の賃料については地代家賃統制令の適用はないものといわなければならない。

もつとも、原審証人今村ヒサ、今村和子の各証言及び原審並びに当審での控訴本人今村嘉一の尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる乙第六号証、第十四号証、右各証人の証言並びに控訴本人尋問の結果によると、本件建物の現況としては、控訴人等主張のように、営業用店舗の部分は階下の五坪五合のみであり、その他は居住の用に供されていることを認めることができるようにみえる。しかし、原審及び当審証人岩田きぬ子、原審証人岩田やすの各証言及び原審並びに当審での被控訴本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人は本件建物を賃貸した当時、控訴人今村に対し古物商経営の便宜のため、階下部分に帳場、陳列棚を設ける等多少の模様替えをすることを承諾したけれども、控訴人今村はその限度を超えて階下の一部に居間を設けるなど被控訴人の意思に反して改造を加え、昭和三十一年十月頃には被控訴人が制止したにもかかわらず、これを無視して本件建物の階下の柱を切り取り或は階段をつけ替えるとともに、本件建物の裏側の空地を利用し、本件建物の階下部分に接着して台所風呂場等を増築するなど本件建物を大規模に無断改造し、その使用目的を一部変更したことを認めることができる。がんらい、地代家賃統制令施行規則第一一条に該当する併用住宅であるかどうかを判断するについては、賃貸借契約当時の建物の構造、賃借人の建物使用の目的を基準としてその営業用床面積を算定するのを相当とし、その後の賃借人の一方的な無断改造、使用目的の変更により影響をうけることはないものといわなければならない。本件では上記認定のように、賃貸借契約当時においては少くとも階下部分七坪七合五勺はすべて店舗であつたもので、賃借人の使用目的もこれを全部店舗として控訴人今村の営業の用に供する定めであつたのであるから、その後控訴人今村の無断改造、使用目的の変更により営業用部分が七坪以下になつたとしても、本件賃料については地代家賃統制令の適用から除外されるものといわなければならない。

しかし、昭和三一年六月一九日建設省令第二四号の施行された同年七月一日以前においては、地代家賃統制令の適用される併用住宅の事業用部分の床面積は十坪を超えないことを要件と定められていたのであるから、本件建物は右期日以前においてもいわゆる併用住宅に該当するかどうかについて次に判断する。上記認定のとおり、本件賃貸借契約においては、階下部分七坪七合五勺全部を控訴人今村の営業用に使用することと定められたばかりでなく、階上部分七坪五合は居住用のほか控訴人今村の営業用商品の置場としても使用することを目的としたものであるから、本件建物は全体としてみれば店舗の賃貸借であると認められるし、また、当初の賃貸借契約では店舗である階下部分のみを対象とし、賃料月額一万八千円と定めたところ、その後控訴人今村の希望で控訴人今村の通勤の労を省くため、階上部分をも賃貸借の目的に加え、これを居住の用にも供することとなつたが、賃料は別段増額されなかつたことは上記認定のとおりである。この場合も形式的にみれば被控訴人が控訴人今村嘉一に対し本件建物を賃貸したのは併用住宅を賃貸したことになり、地代家賃統制令の適用を受けることになるようにみえる。しかしながら、このような場合にも地代家賃統制令の適用を受けると解すれば、当初の契約どおり階下部分のみを賃貸借の対象としているならば、店舗の賃貸借として地代家賃統制令の適用を受けないのに、たまたま賃料を増額することもなく、居住用の階上部分を賃貸借の目的に加えたために、反つて同令の適用を受け約定賃料が統制され、従前の賃料よりも低額となるという、まことに不合理な結果を生ずるのである。上記判示のように、本件の場合には故意に右のようなことを仮装したのではないから、右のような場合には、少くとも、従前の賃料をそのままにしておく範囲内では、地代家賃統制令の適用を受ける賃貸借ではないと解するを相当とする。このように解しても、本来住宅の賃料の統制を目的とする同令の精神に反するものではないと解する。よつて、本件賃料については賃貸借契約の当初から一貫して地代家賃統制令の適用から除外されているものというべく、従つて被控訴人と控訴人今村との間の一ケ月金一万八千円(但し昭和二十九年五月分以降は減額して金九千円)と定めた賃料の約定は有効であるといわなければならない。

原審及び当審証人今村ヒサ、今村こと福田和子の各証言、原審での控訴人等各本人の供述及び当審での控訴本人今村嘉一の供述中には、賃料合計三十六万六千二百円を控訴人今村が随時支払つた旨の控訴人等の前記主張事実を裏付ける趣旨の部分があるけれども、原審(第一、二回)及び当審証人岩田きぬ子、原審証人岩田やすの各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果に照して信用できない。また、乙第一号証の一、二、第三、第四号証のうちいずれも被控訴人において成立を認めている部分を除いたその余の部分並びに同第二号証、第五号証は、後記甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし八、原審(第一、二回)及び当審証人岩田きぬ子、原審証人岩田やすの各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果に徴すれば、その記載内容が真実とは認められない。他に控訴人等の賃料支払に関する右主張事実を認めるにたる証拠はない。反つて、原審(第一、二回)及び当審証人岩田きぬ子、原審証人岩田やすの各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果と、これらによりいずれも真正に成立したと認められる甲第八号証の一、二、成立に争のない同第九号証の一ないし八を綜合すると、控訴人今村は昭和二十九年十一月三十日に支払うことを約した延滞賃料金十一万二千円(同年四月までの分)を支払わず、昭和二十九年五月一日から昭和三十一年三月末日までの賃料は支払つたけれども、昭和三十一年四月一日以降の賃料を支払わなかつたことを認めることができる。

従つて、本件賃料が地代家賃統制令の適用を受けるものであり、且つ控訴人今村が賃料の前払をなした結果、控訴人今村に賃料の延滞がないことを前提とし、被控訴人のなした契約解除の効力を争う控訴人等の右主張は採用できない。

四、控訴人等は「控訴人今村は昭和二十七年八月頃から昭和三十一年十一月頃までの間に本件建物について合計金四十一万三千八百円の必要費を支出し、被控訴人に対して右同額の償還請求権を有するところ、これと本件賃料債務未払分とを相殺する意思表示を本訴でなしたから、控訴人今村には賃料の延滞はないことになり、従つて被控訴人のなした契約解除の意思表示はその効力を生じない」旨主張するので、判断する。原審証人関良一、原審及び当審証人今村ヒサ、今村こと福田和子の各証言並びに原審及び当審での控訴本人今村嘉一の供述中には必要費支出の点に関する控訴人等の右主張に添う部分がないではないが、後記各証拠に照してたやすく信用できない。他にこれを認めるにたる証拠はない。もつとも、控訴人今村は本件建物を賃借して以来、これに相当大規模な改造を加へたことは、上記認定のとおりであるから、控訴人今村において少なからぬ金員の支出をしたであろうことは容易に推断できるけれども、原審証人岩田やす、原審(第一、二回)及び当審証人岩田きぬ子の各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果、原審及び当審での各検証の結果を綜合すれば、控訴人今村は本件建物を自己の営業に適するように独自に造作その他模様替えを施し、且つその裏側に接して居住用部分を無断増設したために多額の支出を要したもので、これらの費用は本件建物の維持保存に必要なものでないと認めるのが相当であるから、必要費の支出をなしたことを前提とする控訴人等の右主張は採用できない。のみならず、賃貸借契約が賃料の不払を理由として解除された以上は、たとえ賃借人が契約解除前賃貸人に対して有した相殺に適する債権をもつて後日相殺の意思表示をなしても、契約解除になんの影響を及ぼさないものと解するのを相当とするところ、被控訴人の本件賃貸借契約解除の意思表示が、控訴人今村の相殺の意思表示にさきだつてなされたことは当事者間に争のないところであるから、控訴人等の右主張は、この点からみてもとうてい採用できない。

五、控訴人今村が被控訴人の延滞賃料の催告並びに賃貸借契約解除の意思表示に対してその催告の期間内にその支払をしなかつたことは当事者間に争がないから、右催告期間の満了により昭和三十二年一月十四日限り右賃貸借契約は解除されたものといわなければならない。従つて、その余の点について判断するまでもなく、控訴人今村は被控訴人に対して本件建物の明渡義務があること明らかである。

六、控訴人坂本は、本件連帯保証契約は昭和二十九年五月十日以後将来に向つて合意解約されたから、同日までの延滞賃料十一万二千円を除きその余の分については責任がない旨主張するので判断する。控訴人坂本の主張の日に、被控訴人の代理人である岩田やすと控訴人等が控訴人坂本方で、控訴人今村の延滞家賃の支払に関して交渉した結果、控訴人坂本が主張するような延滞賃料の減額並びに昭和二十九年五月分以降賃料半減の示談が成立したことは、上記認定のとおりである。しかし、控訴人坂本の提出、援用にかかる上記乙第十八号証、甲第四号証は、その記載文言に徴するも、控訴人坂本の主張する連帯保証契約の合意解約成立の事実を認めることはできず、また、当審での控訴本人坂本の供述中右主張に添う部分は原審証人石井マツ、岩田やすの各証言並びに原審での被控訴本人尋問の結果に照してたやすく信用できないし、他にこれを認めるにたる証拠がないから、右主張も採用の限りでない。

七、従つて、控訴人等は各自被控訴人に対し昭和二十九年四月分までの上記延滞賃料残金十一万二千円及び昭和三十一年四月一日から控訴人今村の本件建物明渡済に至るまで一ケ月金九千円の割合による金員(上記契約解除までは賃料、それ以降は控訴人今村の本件建物明渡義務不履行により被控訴人が被る賃料相当の損害金)の支払義務のあることが明らかである。従つて、控訴人今村に対し本件建物の明渡を求めるとともに、控訴人等に対し各自金二十万円及び昭和三十一年四月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金九千円の割合による金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は、建物明渡を求める点及び上記説示の金員を求める限度において正当として認容すべく、その余の金員請求の部分は失当であるから棄却を免れない。

八、控訴人の附帯控訴につき判断するに、原判決が被控訴人に対して本件建物明渡の仮執行のために供すべきことを命じた担保額十万円、金員請求の部分の仮執行のために供すべきことを命じた担保額十万円、金員請求の部分の仮執行のために供すべきことを命じた担保額各五万円はいずれも相当と認められるけれども、控訴人等のため仮執行免脱につき命じた担保額は本件事案にかんがみ過少であつて、控訴人今村が建物明渡の点の仮執行免脱のために供すべき担保額は金五十万円、控訴人等が金員請求の点の仮執行免脱のために供すべき担保額は各金七十万円をもつて相当とするものと認められる。

九、被控訴人の本訴請求の全部を認容した原判決は、控訴人今村に対し本件建物の明渡を命じた点(原判決主文第一項)、控訴人等に対し金員の支払を命じた部分(同第二項)のうち、各自金十一万二千円及び昭和三十一年四月一日以降本件建物明渡済に至るまで一ケ月金九千円の割合による金員の支払を命じた限度では相当であるが、その余の金八万八千円の支払を命じた部分は失当であるから、控訴人等の控訴に基いて民事訴訟法第三八六条を適用して右部分を取り消し、被控訴人のその点の請求を棄却し、その余の本件控訴は理由がないから同法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとする。なお、附帯控訴については、原判決中被控訴人のため仮執行の宣言を附した部分(第四項)は相当であるからこれを棄却するが、控訴人等のため仮執行免脱の宣言を附した点は担保額が過少であるから主文第五項記載のとおりこれを変更し、訴訟費用の負担について同法第九六条、第九二条本文、第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例